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仙台地方裁判所 昭和48年(ワ)589号 判決

原告

今野幸雄

ほか一名

被告

杉山幸次郎

ほか二名

主文

一  被告らは連帯して

(一)  原告幸雄に対し金一四三万三、七五三円及び内金一一三万三、七五三円に対する昭和四五年一〇月一日より、内金一〇万円に対する同四八年九月二五日よりいずれも完済まで年五分の割合による金員を、

(二)  原告清子に対し金三三万三、七五三円及びこれに対する昭和四五年一〇月一日より完済まで年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求はいずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告らは連帯して原告今野幸雄に対し金三六一万九、四七〇円原告日比清子に対し金三〇一万九、四七〇円及び右金員に対しいずれも昭和四五年一〇月一日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

第一原告らの主張(請求原因)

一  交通事故の発生

(一)  日時、場所…昭和四五年一〇月一日午前一二時五〇分頃、宮城県志田郡松山町下伊場野字袋地内。

(二)  加害者及び加害車…被告杉山幸次郎運転の普通乗用車(茨五S・一三二三号)。

(三)  被害者及び被害の部位程度…被害者は原告両名間の子今野洋子、同女は頭蓋底骨折、頭顔挫創等により事故発生の約四〇分後に死亡。

(四)  事故の態様…被告幸次郎は加害車の助手席に洋子を同乗させて古川市方面より松山町方面に向け進行中ハンドルの操作を誤つて進路左側の道路端より高さ約五・〇〇メートルの土手下に転落し、もつて、洋子を死に致らしめた。

二  賠償責任

(一)  被告幸次郎は直接の加害者として民法第七〇九条により、

(二)  被告加藤清志、佐々木みつゑは加害車の保有者、つまり、加害車は被告みつゑの所有に属するところ、被告清志が一時これを借用中に、更に、被告幸次郎がこれを被告清志から一時借用して運転したものであるから、被告清志、みつゑは自動車損害賠償保障法第三条により、

被告らは洋子の死亡に因り生じた後記損害を連帯して賠償すべき責任がある。

三  損害額

(一)  洋子の逸失利益による損害額は金七〇三万八、九四〇円、

(1) 洋子は昭和二七年一一月一一日生れの健康な女子であつたから、昭和四五年簡易生命表によれば同女の平均余命は五九年であり、同女が満六三才まで稼働すれば、その残存稼働可能期間は四六年である。

ところで、同女は昭和四四年三月鹿島台中学校を卒業して近江絹糸(静岡県富士見市所在)に工員として勤務していたものであるが、同年末頃原告幸雄が高血圧で入院したため、近江絹糸を辞めて家事手伝中に本件事故に遭つたものである。そこで、同女の逸失利益による損害額を算出すると、総理府統計局編第二三回日本統計年鑑によれば、全産業女子労働者の平均月間給与は金四万〇、六〇〇円、平均年間賞与は金一一万一、〇〇〇円であるから、同女の年間総収益は金五九万八、二〇〇円となり、これより生活費二分の一を控除した残額が年間純益となる。右に基づきホフマン式計算方法により算出した逸失利益による損害額の現在価額は金七〇三万八、九四〇円(端数切捨)である。

(2) 洋子は未婚の女子であつたから、原告両名が法定相続分に従い相続に因りそれぞれ金三五一万九、四七〇円の損害賠償請求権を取得した。

(二)  原告幸雄の支出した葬儀費用は金三〇万円、

(三)  原告らの慰藉料はそれぞれ金二〇〇万円、

洋子は家庭にとつても重大な支えとなつていたところ、同女の突然の死亡に因り原告らは多大な精神的打撃を受けたので、原告らに対する慰藉料はそれぞれ金二〇〇万円をもつて相当とする。

(四)  弁護士費用は金三〇万円、

原告らは被告らに対し本件事故による損害の賠償を求めたが応じてくれないので、已むなく本訴の提起、審理の遂行を本件原告ら訴訟代理人に委任し、原告幸雄が着手金として金一〇万円を支払つたほか、報酬として金二〇万円を支払うことを約した。

四  損害額の填補

原告らは洋子の死亡に因り自動車損害賠償責任保険金五〇〇万円の給付を受けたので、これを法定相続分に従つて各金二五〇万円宛に按分のうえ、前項(一)の(2)の損害額に充当した。

よつて、被告らに対し、原告幸雄は第三項の(一)の(2)の残額金一〇一万九、四七〇円に葬儀費用金三〇万円、慰藉料金二〇〇万円、弁護士費用金三〇万円を加算した合計金三六一万九、四七〇円、原告清子は第三項の(一)の(2)の残額金一〇一万九、四七〇円に慰藉料金二〇〇万円を加算した合計金三〇一万九、四七〇円、と右各金員に対する事故発生の当日たる昭和四五年一〇月一日よりいずれも完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二被告らの答弁及び主張

一  請求原因に対する答弁

第一項は認める。

第二項の(一)は認めるが、(二)のうち、被告みつゑが加害車を所有していたことは否認し、その余は認める。

第三項の(一)のうち、洋子の生年月日は認めるが、その余は争う。(二)は不知。(三)は争う。(四)は不知。

二  主張

(一)  加害車の実質的所有者は被告清志である。

被告清志は、被告みつゑの甥に当り被告みつゑ方で稼働していたものであるが、同女方を辞めて帰郷するに際し同女が加害車を買つて清志に贈与したもので、加害車の実質的所有者は清志であつて、みつゑではない。

(二)  事故責任の大半は洋子にある。

洋子は事故当時酒場(バー)に勤めていたものであるが、非常に自動車の運転が好きで、しばしば無免許運転していたものである。事故当日も被告幸次郎が加害車を運転して同乗の訴外日向宮佐男と共に右の酒場に立寄つた際、洋子は幸次郎の制止にもかかわらず加害車に乗り込んで運転を開始したところ、途中で白バイの姿を発見したため、幸次郎に対して運転の交代を求めたので已むなく幸次郎が交代して帰える途中本件事故が発生したものである。従つて、本件事故は洋子が幸次郎の制止にも拘らず加害車を運転したことに帰因し、事故責任の大半は洋子にある。

(三)  逸失利益及び慰藉料の請求額は過大請求である。

洋子は、事故当時家を飛び出して酒場を渡り歩き、男性宅を点々と泊り歩いていたもので、定期的収入は全くなくその日暮しの生活を送つていたものであり、他面、原告幸雄は未成年の洋子(死亡時一七才)の所在さえも知らず、従つて、保護監督もしておらなかつたし、原告清子に至つては洋子が事故死するまでは音信不通で消息が判明していなかつたものであるから、原告らの主張する賠償請求額は過大である。

(四)  原告幸雄と被告幸次郎間には示談が成立している。

幸次郎は幸雄と再三に亘り賠償額について示談を重ねた結果、両者間には、自賠責保険金五〇〇万円の給付が受けられれば、被告らに対しては損害賠償を求めない旨の示談が成立していたものである。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第一項は当事者間に争いがない。

二  賠償責任

(一)  請求原因第二項のうち、被告みつゑが加害車を所有していたか否やの点を除くその余の事実は当事者間に争いのないところ、〔証拠略〕に照らすと、加害車は被告みつゑ所有の自家用車であつて、使用者も同女とされており、加害車使用の本拠地も同女の住所地であることが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は措信しがたく、ほかに右認定を覆えすに足りる証拠はない。従つて、被告幸次郎は洋子に対する直接の加害者として民法第七〇九条により、また、被告清志、みつゑは共に加害車の運行供用者として自動車損害賠償保障法第三条本文により洋子の事故死に因り生じた後記認定の損害を連帯して賠償すべき責任がある。

(二)  次に、賠償責任の限度について検討してみることとする。〔証拠略〕を総合すると、被告幸次郎、清志、訴外日向宮佐男は互に友人関係にあつて、軽食喫茶店「モミ」に住込みで働いていた洋子と親しく、また、被告清志とみつゑは近親関係にあつたものであること、そして、被告幸次郎と洋子は共に極めて自動車の運転が好きであつたところから、いずれも未だ運転免許を有していないにも拘らず、他入の車を借りてはしばしば無免許運転をしていたこと、被告清志はかねてから被告幸次郎が無免許で自動車を運転している事実を知悉していたこと、ところで、たまたま事故発生の前々夜から被告幸次郎、訴外日向は被告清志方に遊びに来て止宿していたのであるが、事故発生の当朝被告清志は出動に当り被告幸次郎、訴外日向らに対して自動車を使用するなら使つてもよいぞと申向けて加害車を置いて出勤したこと、そこで被告幸次郎は訴外日向を助手席に乗せ加害車を運転して「モミ」に立寄り、訴外日向が借財するため助手席から降りて自動車から離れた隙に洋子が助手席に座り込んで被告幸次郎と雑談していたが、間もなく自動車に戻つてきた訴外日向から幾度か下車するように求められても洋子はこれに応じないばかりか、却つて、内側からボタンを押して助手席のドアが開かないようにしてしまつたため、訴外日向は已むなく後部座席に着いたところ、洋子は、私が運転すると言い出して被告幸次郎と交代して運転席に着き、午前九時頃洋子の運転で的もなくドライブのため同所を出発したところ、途中で白バイの姿を発見したので、急拠洋子は被告幸次郎と運転を交代して助手席に移り、かくてその後は被告幸次郎が加害車を運転して小牛田、松島、塩釜を経て仙台市に入り、青葉城下を一巡したうえ古川市を経て帰路に着いたのであるが、その途中鳴瀬川に沿う堤防上の砂利道を時速約八〇キロの速度で疾走したため運転を過つて土手下に転落し、もつて本件事故を惹起したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

してみると、洋子の事故死は、洋子が自から無理に加害車に同乗した点にもあるので、このことは賠償責任を認定するうえにおいて考慮すべき事柄であり、賠償責任の比率は被告らの責任七に対して洋子のそれを三と看るのが相当である。

三  損害額

(一)  洋子の逸失利益による損害額は金四六六万七、五〇七円

洋子が昭和二七年一一月一一日生れであることは当事者間に争いがないので、事故に遭つた当時における同女の年令は満一八才であり、同女は満六〇才まで稼働可能と目されるので、その残存稼働期間は四二年間と認められる(この点、原告らは稼働可能年令を満六三才と主張しているが、女子の体力の限界に鑑みて満六〇才をもつて相当と推認する)。そこで、〔証拠略〕に照らして同女の年間平均収益は原告主張のとおり金五九万八、二〇〇円と認定し、これより原告ら主張の生活費二分の一を控除した残額金二九万九、一〇〇円が同女の年間純収益と算定される。右の事実に準拠して複式ホフマン式計算方法(年五分の割合による中間利息を控除、なお計算の便宜上、ホフマン係数は小数点五位未満及び金額は円位未満四捨五入とする)により同女の逸失利益による損害額を算出すると金六六六万七、八六七円と算定される。ところで、被告らの損害責任の限度は右算定額の七〇パーセントであるから、被告らの負担すべき損害額は金四六六万七、五〇七円であり、従つて、原告らはそれぞれ金二三三万三、七五三円の損害賠償請求権を取得したこととなる。

(二)  原告幸雄の支出した葬儀費用は金三〇万円

事故発生当時の経済事情に鑑みて原告幸雄の支出した葬儀費用を右のごとく認定する。

(三)  慰藉料は原告幸雄に対し金一〇〇万円、原告清子に対し金五〇万円

〔証拠略〕に照らすと、洋子の日常生活は必ずしも良好と言えないことが認められるが、不肖の娘と言えども親にとつて可愛くない子はない筈であるから、原告らが洋子の突然の事故死に因つて蒙つた精神的苦痛は推測にかたくない。けれども、洋子が加害車に無理に同乗した前示認定のいきさつ及びその他諸般の事情を併せ考えると、原告らに対する慰藉料は右の金額をもつて相当と認定する。

(四)  弁護士費用は金三〇万円

〔証拠略〕を総合すると、賠償額について原告幸雄と被告幸次郎の家族との間に示談の交渉が持たれたが、原告側の提示した賠償額が約金八〇〇万円であるのに対し被告方は葬儀費用程度にまけて貰い度いと応答したため示談が成立するに至らなかつたので、原告幸雄が本訴の提起、審理の遂行を本件原告ら訴訟代理人に委任し、その着手金として金一〇万円を支払い、報酬として金二〇万円を支払うことを約したことが認められ、右証言及び原告幸雄尋問の結果中右認定に反する部分は信用しがたく、ほかに右認定を覆えすに足りる証拠はない。而して、本件記録に現われた原告ら訴訟代理人の訴訟活動に鑑みれば、弁護士費用は全部被告らに負担させるのを相当と認定する。

四  賠償額

(一)  原告らが洋子の事故死に因り自動車損害賠償責任保険金五〇〇万円の給付を受けこれを法定相続分に従つて各金二五〇万円宛に按分のうえ、前示認定のそれぞれの賠償額に充当したことは原告らの自認するところである。

(二)  然るときは原告幸雄の残存賠償額は金一四三万三、七五三円、原告清子のそれは金三三万三、七五三円と算定される。

五  自賠責保険金以外の損害賠償を請求しない旨の示談の成否(事実摘示第二の二の(四)参照)

〔証拠略〕には、被告らの主張に副う証言があるけれども、〔証拠略〕に徴すると、先に認定したように被告幸次郎方では損害賠償額は葬儀費用程度にまけて貰い度き旨を応答したため、示談が成立するに至らず、そこで、同原告が本訴の提起、審理の遂行を本件原告ら訴訟代理人に委任するに至つたことが認められるところであるから、右の証言は容易に信用しがたく、ほかに右主張を肯認するに足りる証拠がない。従つて、この点に関する被告らの主張は採用することができない。

以上認定のような次第で、被告らに対する原告幸雄の賠償額は金一四三万三、七五三円、原告清子のそれは金三三万三、七五三円と認定されるところ、右認定額のうち原告幸雄の弁護士費用を除くその余の部分については、原告主張の事故発生の当日たる昭和四五年一〇月一日より完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を付することができるが弁護士費用については現実にそれが授受された日をもつて遅延損害金の起算日と解するのが相当である。そこで、着手金については本件記録に添付されている原告幸雄名義の委任状の日付、即ち昭和四八年九月二五日に着手金の授受があつたものと推認できるが、報酬はその性質上未だその授受のないこと明らかであるから、これに遅延損害金を付するわけにはいかない。

よつて、原告らの本訴請求は、右認定の限度において正当と言うべきも、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野進)

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